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町田良夫 インタビュー in Nov.2003 ●このアルバムのアイディアは? 僕は、「Hypernaturalシリーズ」というフィールド・レコーディング、電子音、様々な楽器の音を組み合わせた録音音楽をつくっていましたが、音楽の可能性を考えた時に「パフォーマンス」ということに再び興味がでてきました。で、過去2年間で2つのタイプの違うオリジナルのスチールパンを製作し、それとMax/MSPのプロセッシングを組み合わせた、半分作曲された、半分即興の音楽を演奏してきました。以前リリースされたアルバムは、70%以上は、「録音」ということに頼ったものでしたが、このアルバムは、70%以上「演奏」に頼った構成になっています。 イメージとして「花」を選んだ理由は、小さいものが集積して大きなテクスチャーを作り上げるといったイメージを作りたかったからです。事実、僕の演奏もミニマルで、MSPのプロセッシングもスチールパンから切り取った音の粒子のようなものを再構築しています。南アフリカに、1年に1度だけ当たり一面様々な種類の花がいっせいに咲き乱れる「ナマクア」と呼ばれる地域(曲のタイトルにも使っている)があって、そこのイメージが核となっています。 ●このアルバムはどのように作られましたか? 自作のスチールパンやノーマルのトリニダート製のスチールパンとコンピューターで、即興的に演奏したものや、僕が高校生の時から愛用しているGuyatoneのスチールギターを使った、やはり即興もの、それから、マンボのかけ声とロボットボイスが入ったスローテンポの変わったトラックなど。何曲かは、杉本さん(Minamo、Fonica)と安永さん(Minamo、Voima)に参加していただきました。彼らは本当に才能豊かで、とても直感的に仕事が出来てよかったです。楽しかったです。 ●どうしてスチールパンというアイディアに至ったのですか? Hypernaturalシリーズの中で使っていたゴング・サウンドの発展型です。当初、Hypernaturalの中では、日本を含めた古代東南アジアの信仰対象であった太陽の象徴として、銅鑼が使われていたことに着眼し、それを「光」のイメージの象徴として使っていました。中国の少数民族の中には、今でも村の広場の中心に、円形の太陽のイメージが描かれた銅鑼が祭りの時に必ず設置されます。でも、1つの銅鑼からは、基本的に1つのキーしか得ることができません。そこで、円形の形(光の放射状の形)をしていて、いくつかのキーを得られるスチールパンに興味をもったのです。もともと、その音色も好きでしたし、ヤン富田さんのアルバムも好きでした。 で、どうせならその楽器の構造を肌で体感したかったので、自分で作りはじめたのです。これは、たいへん良い勉強になりました。想像と現実の間には常にギャップ存在するのですが、楽器作りもまったく同様です。音がどうやって生まれてくるのかのプロセスを最初から体験することができました。スポーツ選手が競技のために必要とされる体を自分で作り上げ、競技に望むのと同じような感覚だと思います。 ●あなたが影響を受けたアーティストはだれかいますか? いろいろいますが・・・。最近は、マンボのPerez Pradoをよく聴きます。あと、東アフリカのポップス、レミー・オンガラとか。音楽で言うと、今までで一番感動したのは、ザンビアの北に位置するある村で聴いた、教会音楽です。これは、いわば、ママさんコーラスだったのですが、本当にすばらしかった。音楽が生命そのもののように感じた。サハラより南のアフリカ地域に共通して言えることですが、生活の中の音楽の質が極めて高い。僕は、ファンク、ジェイムス・ブラウンとか好きで、あのグルーヴが音楽の中で一番グルーヴィーだと思っていたのですが、アフリカで体験したいろいろな音楽を生で聴いてしまうと、JBがとってもデジタルなビートに聴こえてきました。 あと、美術では、70年代のアート、ミニマル、シュポール・シュルファス、アルテ・ポーベラ、モノ派などが好きです。杉浦邦恵さんの作品や瑛九の作品も好きです。でも、こういった「作品化」されているものより、いないものに感動を覚えることのほうが最近は多いかも知れません。 ●今後の活動予定は? . アモルフォンを立ち上げたばかりなので、このレーベルの運営にちょっと力を入れなくてはなりません。次のリリースとして、セルビアのアコースティックのバンドを考えています。あと、コンピレーションとか。あと、ネットワークを強化したいと考えています。これは、音楽家同士ということもさることながら、別のフィールドとの関わりあい方でという意味です。この手の音楽は、非常に狭い範囲でうごめいています。とても質の高いものでありながらも、メディアに載らないからとか、一見取っ付きにくいからという理由で、活動が広がっていかないこともよくあります。こうしたことは、そのものに問題があるというよりは、社会の中でどう機能しているか?ということに問題があるわけです。通常、社会の中で利益を得るために機能している企業体は、その存在意義を人々にどう受け入れられたか?で問われているわけですから、商品だけでなく、それをどう売るかといったことにも当然努力するわけです。これは、極めて健康な姿だと思います。アモルフォンのように小さなレーベルは、こういった姿勢を見習うべきだと思っています。 |